乱稜山の山賊達が加わったライラ城では最近ちょっと変わった注意事項が発令された。 黎明新聞曰く。 『王子殿下に要注意』 Hidden feeling 「あれ、王子さんじゃねーか。」 ライラ城の船着き場の近くで、相も変わらずスバルに突っかかられていたランは城の方から歩いてきた見慣れた姿に、コレ幸いと声をかけた。 呼ばれたその人、このライラ城と反乱軍の主であるシャハルはランを見ると穏やかな表情で笑った。 「珍しーな。王子さんが一人なんてさ。リオンさんは?」 「叔母上に連れて行かれたよ。ランは何しているの?」 「別に何もしてねーんだけどさあ、スバルが突っかかってきて煩くってしょーがねえんだ。」 「んだとぅ!?突っかかるとか、うるせえとか、馬鹿にしてんのか!?」 「だーかーら、そういうとこがうるせえんだって。」 横合いからがあっと噛み付いてくるスバルに、辟易したようにランはそっぽを向いてため息をつく。 「ところで王子さんは何してんだよ?こんな所にいていいのか?」 「え?うん、特にやることがなくてリンファでもみつけて遊ぼうかと思ったんだけど、知らない?」 問われて、スバルとランは顔を見合わせる。 そして同時に首を振った。 「見てねえな。」 「オレも。あんまりあのねえちゃん表に出てこねえもんな。」 「そっか。ありがと。」 シャハルはにこっと笑う。 その笑顔に、思わずランもスバルもみとれてしまった。 無理もない。 シャハルはもともと雰囲気は柔らかいが、表情は凛とした美少年である。 それがにっっこりと微笑むのだ。 まさに破壊力抜群。 ライラ城に集った仲間の一部は、確実にこの笑顔に落とされた者に違いないとはまことしやかに囁かれる噂である。 そんな笑顔をまともに向けられたら、王子に特別な感情を抱いていなかろうと見惚れてしまうのもしかたないというものだろう。 ―― ちょうどその時 「・・・・またリオンさんに怒られたいんですか。」 呆れたような声に、シャハル・・・・否、『シャハル』ははっとした。 (この声は・・・・) 同じくはっとしたような顔のランとスバル視線を辿って振り返った『シャハル』は、そこに立っていた少女を見て口元を引きつらせる。 過剰な装飾はないが、すっきりとして動きやすそうなドレスを着て金の髪にはピンクのリボン。 その理知的とも、可愛いとも賞される顔にはっきりと呆れの色を浮かべてそこに立っていたのは、ルセリナ=バロウズだった。 何か用事の途中だったのか、手にいくつかの重そうな紙袋を抱えたルセリナはランとスバルに向かって言った。 「ランさん、スバルさん。騙されてはいけません。この人は王子殿下ではありませんわ。」 「へ?王子さんじゃない?だって・・・・って、あーーー!お前もしかして!?」 一瞬きょとんとした顔ををしたランだったが、すぐに何か思い当たったのか、『シャハル』を指さして叫ぶ。 「お前、山賊のロイか!!」 「ふんっ。ばれちゃしょうがねえな。」 にやっと笑って肩を竦める仕草を見るにいたって、スバルの方も納得がいったらしくスバルのほうも猛然とくってかかる。 「てめえ、王子さんに化けるなんてふてえ野郎だ!!」 「るせーな。間違えるお前らが悪いんだろ。別に俺は俺が王子だなんて言った覚えはねえぜ?」 ニヤニヤと笑って小馬鹿にしたように言われれば当然火に油。 「何て奴だ!王子さんが仲間にしようなんていうからセーブル騎士団に突き出されずにすんだってのに!」 「そーだそーだ!リオンさんに思いっきり怒られたくせに!」 「うるせえな!!てめえらが間違えんのが間抜けなんだよ!」 「んだとぉ!!」 ハッと鼻を鳴らすロイに、スバルとランがつかみかかろうとした瞬間。 「ロイさん。」 熱くなった空気を、恐ろしく冷静な声が切り裂いた。 そのあまりの淡々とした響きに、思わずランもスバルも、名前を呼ばれたロイも声の主、ルセリナの方を振り返った。 「スバルさん、ランさん、落ち着いて下さい。確かにロイさんは王子殿下の格好をしてはいけないと言われているのにしていました。それはロイさんが悪いと思いますけれど、やはり見間違えてしまった方も少し失礼があると思います。」 「え、あ・・・・」 「あう・・・・」 「ですから、喧嘩両成敗という事で、ここは納めませんか?」 「あ〜、お嬢さんがそういうなら。」 「うん、確かにそうだよな。」 ルセリナにそう言われて、ランとスバルはバツが悪そうにしながらも頷いた。 その様子にルセリナはにっこり微笑んだ。 「ありがとうございます。」 「べ、別に礼言われるようなことしてねえぜ。」 「ああ。あ!いけね、親父の手伝いに行かねえと!じゃあな、ルセリナさん!」 「なにい!?おめえが行くならオレも行く!」 「はあ!?もういいよ。勝手にしろ!」 ぎゃあぎゃあ言い合いながらスバルとランが船着き場の方へ降りていくのを見送って、ロイはちらっと隣にいるルセリナに目を向けた。 と、視線に気付いたのか顔を上げたルセリナと目が合ってしまってロイは慌ててそれをそらす。 そしてボソッと言った。 「・・・・意外だったな。」 「?何がです?」 「てっきり俺を怒るのかと思った。」 さっき、ランとスバルと言い合いになりかかって名前を呼ばれた時、一方的にルセリナが自分を悪者にするだろうと思った。 同じ事をリオンの前ですれば、間違いなく窘められるから、そのまんま同じ反応をルセリナもすると思ったのに、彼女は・・・・ 『やはり見間違えてしまった方も少し失礼があると思います』 「・・・・・・・・」 さっきのルセリナの台詞が反芻されて、ロイは妙な気分に陥る。 叱られ損なった子どもが感じる居心地の悪さと、説明できない安心感。 良いとも悪いとも言えない感情が胸の中に溜まっているのを感じていたロイに、ルセリナは事も無げに言った。 「そう思っただけですから。それに、最初から人を騙そうとしていた人を頭ごなしに叱っても無駄でしょう。」 「おい!」 なんだよそれ!?と怒鳴りかけたロイを、再びルセリナの視線が黙らせた。 「そんな事よりも早くその姿を変えた方がいいんじゃないですか?そろそろ作戦会議も終わる頃ですよ。」 「げ。」 作戦会議からリオンなり、カイルなり帰ってきてこの姿を見られると確かにやっかいだ。 「やべー。早く着替えにいかねえと。」 「その方が良いでしょうね。」 子どもを見るようにくすっと笑ってルセリナは手の中の紙袋を、抱え直した。 ガサッと紙袋の立てた音がやけに重そうに聞こえた。 「では失礼します。」 「あ、おい!」 軽く頭を下げて立ち去ろうとするルセリナをロイは思わず呼び止めていた。 呼び止められると思っていなかったのか、ルセリナは驚いた顔で振り返った。 「なんですか?」 「・・・・お前も間違えないんだな。」 「え?」 「俺と王子さんと。一度も間違えたことないだろ。」 「・・・・・・・・・」 ロイの問いにルセリナはすぐに答えなかった。 しばしロイの顔を見つめ ―― それから少しだけ困ったように首を傾げて言った。 「さあ、そうでしたかしら。」 「なっ!?馬鹿に・・・・」 「どちらにしろ」 怒鳴りかけたロイに、ルセリナは少しだけ笑った。 それは酷く寂しそうな微笑みで、自然とロイは黙る。 その沈黙に、ルセリナの声がぽつりと落ちた。 「・・・・リオンさんのようには、きっとわかりませんわ。」 (ああ、そうか。こいつは王子が好きなのか。) 唐突に、ロイは悟った。 自分と王子を絶対間違えないもう一人の少女と同じように。 けれど、けして口に出す気もないのだということも。 「お前・・・・」 「では、本当に失礼しますね。この野菜をそろそろレツオウさんに届けないと。」 何か言いかけたロイの言葉を聞かなかったかのように、ルセリナはさっと裾を翻してロイに背を向けた。 そのままスタスタと歩き去っていく姿を、何となくずっと見送ってしまってロイははっと我に返る。 「やべー。さっさともどらねえと。」 いい加減に、城の上階から作戦会議に参加していた誰かしらが降りてくるだろう。 慌ててルセリナが去った方向と逆方向に走り出しながら、ちらっとロイは後ろを振り返った。 ―― そこにはもう、ルセリナの姿はなかったけれど、あの重そうな袋くらい持って行ってやっても良かったかと思って、少しだけロイは後悔した。 〜 END 〜 |